本当の平和のつくり方~Industry5.0のライフスタイルシフト

「なんで戦争ってなくならないんだろう?」「人間って何なの?」そんな疑問を持った冷めた子供が、世界の根源の「仕組み」と出合い、人間の無限の可能性と本当の平和の作り方に気づいたお話

笑顔のチカラ ぱーと2

笑顔をみたい

笑わせることができる人になりたい

その思いから、「笑い」って何なんだろう?って考えだすんですね

 

世に言うお笑い番組とかって

あれだけ人に笑いを与えて、すごいなーとは思うんですけど

だけどなんか

なんか

ニヒルな笑いが多いなーって感じることもあって

面白くはあるけど

あんまり好きじゃなかったんですね

私の求めてる「笑い」って何だろう?と漠然と思ってたときに

 

出あったのが「笑い」をテーマにしたイベント

とにかく「笑い」についてペアになってひたすら語る、語る、語る・・・

そして最後に気づきが生まれたんですね

 

私が求めていた笑いは

ネタで「笑わせる」とかじゃない

ひとりひとりが

ありのままに受け入れらる場ができたら

自然とわいてくるもの

その「笑い」だったんだ

それがしたいんだ

 

初めて「笑い」の本質と出あった気がした。

笑顔のチカラ

笑顔の力

 

あなたの笑顔がみれるだけで

私は何よりも幸せな気持ちになれる

 

 

笑顔の力はすごいと思う

今日たまたま友人と盛り上がったことが

どんなに美形イケメンといわれる人であっても

笑顔が機械的だったら

笑顔で崩れちゃうようだったら

違うんだよねーって話

 

みんなそれぞれの基準があると思いますが

私たちはそこで共感しちゃって

笑顔フェチ同盟ができたんですけどw

 

シンボルとしてTOKIOの「いのっちみたいな笑顔」いいよねって話

なんというか無邪気な笑顔

目が線になっちゃう系

 

しわしわの沖縄のおばあの笑顔とかも大好きだな

子供たちの笑顔はもう無条件ですね

 

こんなこといってる私は

実は小さいころ、本当に「笑えない」子だったんですよ

幼稚園のアルバムとか見てると

無表情でカメラ目線w

 

まぁもちろんたまには笑顔写真ありますけど

基本はね。冷めた子供でしたw

今は「こんなに熱苦しいのに?!」って驚かれることもあるけどね。

そうだったのです

 

だから余計に笑顔に憧れたんでしょうかね。

 

あと面白い経験があって

躁鬱病の友人がいてね

私はその子の気持ちがわかりたくて

だけど

わからないのが悔しくて

ネットで躁鬱の子達が書いてる記事を詠みまくってたら

ウツになったw

何もやる気がおきなくて

景色が灰色にみえた

 

そのときね

その子がずっとやりたいなーっていってたバイクに乗って

満面の笑顔でごきげんになってる姿をみた時に

 

ポンって頭の中で何かがはじけたみたいに

ウツが飛んでいったんだよね

そうそう

 

人がやりたいことを叶える力

喜びのエネルギーが爆発している時

その笑顔にはパワーがあるんだなって感じたひと時

 

本来は喜びそのものであり

表現体そのものである存在が

いろんな観点に固定してしまって

苦しくてうつになる

 

 

みんなの

心の底からの笑顔がこの地球この宇宙にあふれること

Real Smile を引き出すこと

それが

私のやりたいこと

建国記念日パート2

建国記念日 が気になったので調べてみました。

 

「何をもって建国記念の日とするのかは

国によって異なる」

って知ってましたか?

「国」というものを認知する概念がバラバラのままに、国という集合体をつっていたんだということに、私はまずびっくりしました。

こんなにバラバラでは世界秩序をまとめるのはそれは難しいわけです。そもそもの判断基準が違うんだから。

 

例えば

アメリカは7月4日。独立記念日(インデペンデンスディ)。これは1776年にアメリカの独立宣言が公布されたことを記念した日。当時のイギリス植民地から独立したことを宣言した記念。

 

オーストラリアは1月26日。これはオーストラリアに植民地化を目的としてイギリスの一団が入った日にちなんでいるそう。

 

ドイツは1990年10月3日 南北統一の日。

 

国によって制定された時期も理由も様々なんですね!

アメリカは植民地からの解放の精神で国を規定した

オーストラリアはイギリス植民地としての精神で国を規定した

ドイツは分断が融合されることでひとつの国を規定した

 

どこかのタイミングで誰かによって「国ですよ」と定められたとき

国という概念、国という秩序が誕生している

 

では日本は

何の記念日かというと

「初代天皇神武天皇が即位した日」なのだそうです。

紀元前660年の旧暦1月1日を現代暦になおすとこの日になるということで「紀元節」に由来しているとのこと。

これは『日本書記』という日本最古の歴史書の中で記されて記録されています。

 

 

面白いなぁと思ったことが

ほかの国は歴史的に起こった争いからの解放や融合が記念日になっているのに対して

日本は天皇の即位した日であること。

 

日本という国のはじまりを理解しようと思ったら

天皇を知らなければはじまらないわけですね。

 

今日はこのへんで。

日本人というアイデンティティ

今日2月11日は

「日本」という国が生まれた日

建国記念日 です。

 

日本の記念日が、いつから、なぜ生まれているのか

そんなことに関心を持たずに

ただ祝日として学校が休みになる日、仕事が休みになる日

だと思っていませんか?

そこにどんな意図があるのか、どんな意思があるのか気づくこともなく

私はそうでした

 

自分の国のことに関心を持たずに生きていることは

日本人というアイデンティティを放棄しているのと同じこと

国というアイデンティティを放棄しているということは

お魚が自分が泳いでいる海に関心を持たないのと同じこと

海がなければ生きられないのに

 

建国記念日

この意味をもう少し追求してみたいと思います。

争いが生まれる原因

争いはね

何かを分ける境界線があるから

生まれるんだよ

 

国と国を分ける国境という境界線

集団と集団を分ける組織(企業)という境界線

自分と自分以外を分ける体という境界線

 

だけどね

その境界線は

いつから生まれたの?

誰が決めたの?

 

どこから観るのかによって

境界線の定義も変わってしまうこの世界

 

それがわからないままに生きることは

自分を知らないままに

わけがわからないままに生きてるだけになっちゃうよ

 

だから

ほんとうの原因と出会うこと

「自分」が生まれる前の

何も分けることができない世界

境界線のない世界まで戻った時に

 

そこから争いを生み出す仕組みもみえるし

争いを生み出す理由もみえてくる

 

次は何を選択するのかだけ

戦争の作り方と同時に

平和の作り方もみえてくるから

 

どんな未来を私たちは選択したいの?

人間ひとりを理解することの難しさ2

相手を理解するためには

人というものを理解すること

理解するということは

 

仕組みを解き明かすということでもあるんだ

 

人というものの仕組みを解き明かすこと

 

それが相手を理解することであり

自分を理解することにもつながってくるんだ

 

お互いが人間の仕組みを共有できたときに

そこから本当の関係が始まるんだ

人間ひとりを理解することの難しさ

本当に大切な相手のことを理解したい

 

って思ったことがある人は

一人の人を理解することの難しさを感じたことがあるんじゃないかなぁ。

でもね、安心してほしいんです。

そもそも人は理解するのが難しいものだったんだって。

そういう仕組みになってたんだって。

 

たとえば

みんなが共通のものみてると思いこんでるけど

みんなが違う宇宙をみてるようなものだから

同じだと思い込んでると

 

だからね、仕組みを知らないままに

自分は相手を理解してると思い込んでいるほうが実は危険で

なぜなら

自分勝手な思い込みの可能性があることに

気づけなくて

自分の認識の中から観る世界観、観点・宇宙をもって

相手を勝手に決め付けて判断してしまうから

 

そこに確認してみようとか

本当に細かく相手のもってるイメージを確認しようとか

もっと交流してみようとか

そんなことに関心がいかなくて

 

相手が発した言葉を

自分のイメージの中で受け取る

過去のイメージで決めつけて

不完全な解釈で判断する

そんなコミュニケーション

 

そんなコミュニケーションをしていると

無意識に実はストレスがたまったりしてる

 

例えば

嫌いだって認識する人からは離れればいいって思うかもしれないけど

離れたからってまた別のところで自分の同じパターンにはまる

でもそんなストレスにも気づけなかったりして

突然ひきこもったり、人づきあいが面倒になったりするんだよね

 

日本人はさらに「相手に嫌われないように」「傷つけないように」とか考えすぎる傾向があるから

もう無意識レベルから建前やっちゃって

ダブルフェイク

 

しまいには自分が何を考えてるのか感じてるのかも

わからなくなってたりする 

 

本当に理解しあえる人間関係を諦めてしまったりする

つづく